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ある医者の話

大事な人が癌になり、術後、執刀医と話をする機会に恵まれた。

 

執刀医は膵臓癌を研究しており、根絶したい、予防したい、早期発見につながる何かを見つけたい、から医者になったらしい。

 

だが、25年以上の研究の結果、科学が進歩しないことには早期発見はできないだろうし、癌が見つかる可能性が高まるのは医者ではなく機械の力が必要とのことだ。

 

執刀医は25年かけてやっとその結論にたどり着いた。

日本で1%未満の頭脳が費やした時間と、その結果を考えるとあまりにひどい結末だと、思うと当時に、彼レベルの人が何年も取り組んで1万人の医者のうち1人くらいが何かを発見できるのかなぁとぼんやり考えた。

 

巷では、日本一の頭脳が医学を志すのは受験戦争の害悪、なんて説もある。

確かに、彼が医者ではなく、医療機器などそちらの開発、研究に25年を使っていたら、また世界は違ったかもしれないが、かといって、日本一の頭脳が医者を志して何が悪いのかと思う。

膵臓という謎の臓器に、夢中になって、25年なんてあっという間に過ぎるくらい没入して、世界を変えようとして、人の命を救う手立てを考え続けているあの医師は、僕にとっては尊い存在で、どんな政党の公約にも、どっかの宗教の教祖にも勝る存在だった。

 

受験戦争のおかげで彼が医者になったのならば、それは感謝しかない。

賢く、器用な手先を持つ彼が、医学の道を選んでくれて僕は、僕の家族は命をとりとめたのだから。